「A級戦犯は国内法的には犯罪者ではない。だからA級戦犯は犯罪者と見做されるべきではない。」という言説から連想する、2つの例え話。

【例え話 その1】
 日本人のAという人物が、フランスでフランス人を殺害し、フランスの法廷で裁かれ、殺人罪で有罪判決を受けたとします。A氏はフランスの刑務所で服役した後に出所し、日本に帰国しました。そして、A氏が次のように述べたとしたらどうでしょうか?
 「私はフランスの法律で裁かれて有罪判決を受けたが、日本の法律で裁かれたのではないから国内法的には犯罪者ではない。だから、私は犯罪者と見做されるべきではない。」
 このようなことがあったとしたら、A氏の主張は正当なものと言えるでしょうか?


【例え話 その2】
 もしも北朝鮮が暴発してミサイルを他国に発射したとしたら、国連平和維持軍またはアメリカを中心とする多国籍軍によって攻撃を受け、北朝鮮政権は倒されることになるでしょう。そして、金正日をはじめとする北朝鮮政府首脳は逮捕され、国際軍事法廷で裁かれることになると思われます。また、北朝鮮の領域はしばらく国連平和維持軍または多国籍軍の管理下に置かれた後に、韓国に吸収されることでしょう。 
 さて、それから数十年が過ぎて、国際軍事法廷で裁かれて懲役刑を科された金正日が、韓国の刑務所で刑期を終えて出所し、次のように述べたとしたらどうでしょうか?
 「私は国際法で裁かれて有罪判決を受けたが、韓国の法律で裁かれたのではないから国内法的には犯罪者ではない。だから、私は犯罪者と見做されるべきではない。」
 このようなことがあったとしたら、金正日の主張は正当なものと言えるでしょうか?

ハイビジョン特集「日中戦争〜兵士は戦場で何を見たのか〜」

 この番組は、「日中戦争〜なぜ戦争は拡大したのか〜」(Apemanさんが、内容を紹介しておられます。http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060814/p1)の拡大版だったらしいのですが、残念ながら後半部分しか観ることができませんでした。観ることのできた後半部分では、「日中戦争〜なぜ戦争は拡大したのか〜」と重なる内容がほとんどでしたが、日本軍の軍規の弛緩に関して、いくつか興味深い史料が紹介されていました。


第九師団経理部の公式報告書「衣糧科附部員以下行動一覧表」
 陸軍省に対して、南京進攻に際して陸上輸送中心の補給がなされたことについて、次のような批判を行っています。
「地図通りの水と舟の地に来たり。何ぞ水路利用の遅きを嘆かざるを得ず。陸軍省、兵要地誌において何を学びたるか。」
 第一線の兵士は、現地調達によって得た食糧により、かろうじて餓死を免れた、としています。 
 
 そして、兵士達は「徴発」と呼ばれる物資収集活動に奔走するようになります。11月中旬、日本軍は蘇州で大規模な徴発を行いました。 「徴発」を行う際には、物資の対価を支払うことが軍規に定められていましたが、戦火を恐れて住民の多くが逃げ去っていた蘇州では、軍規に違反した行為も起こるようになります。「小西與三松日記」では、宿舎とされた市内のホテルに入った際に、「我らの部屋に入れば、何か一度に有産階級になったような気持ちにな」り、食物を「腹一杯に喰い荒」し、「それ写真機だ」「上等の硯入れだ」と「百貨店のよう」な物品にはしゃぎ、「みな、本隊が到着すると同時に、徴発」した、と記されています。


 「第九師団歩兵第七連隊戦闘詳報」では、公式命令のもとに「徴発」が行われたことが記録されています。「徴発」の対象は、食糧のみならず煙草・酒などにおよび、船など物資の運搬手段なども含まれていました。

 
 陸軍の精神科医、早尾乕雄(はやお とらお)軍医中尉は、「徴発」が兵士達の倫理観を麻痺させていく危険性を指摘しています。すなわち、『戦時神経症並びに犯罪について』(昭和13年4月)という論文で、軍が公認した徴発が掠奪や強奪となり、軍規を崩壊させた、と述べているのです。以下は、番組のナレーションで紹介されていた部分です。


 「実に、徴発なる考えは、極めて兵卒の心を堕せしめたる結果を示せり。内地に於いては重罪のもとに処刑せらるべきものなり。然るに、戦時に於いては毫も制裁を受けず、却って是に痛快を感じ、益々奨励せらるるが如き感ありき。」
 「徴発の如き公然許されしこと、最初は躊躇せる者が、遂には不必要な物品を自己の利欲より徴発なすに至れり。」
 「実に日本軍人の堕落と言わざるべからず。」