A級戦犯は名誉回復されているか?

 10月27日の産経抄で、以下のような文章がありました。

http://www.sankei.co.jp/news/051027/morning/column.htm

小泉純一郎首相が神社にコインを投げ込んだ波紋がまだ、汀(みぎわ)を洗っている。それでも、曲解や誤解のさざ波を日本の方から押し返す動きが出ていることは喜ばしい。
(中略)
 ▼曲解を押し返すもう一つの動きは、民主党野田佳彦氏が政府に提出した質問主意書だ。野田氏はすでに国会決議などで、「戦犯」の名誉は回復されていると主張する。この主意書によって、政府から国内法上は戦犯は存在しないとの答弁書を引き出した功績は大きい。曲解、誤解に謙譲の美徳は禁物なのだ。

 また、10月26日の産経新聞にも、以下のような記事があります

「反対派の論理破綻」民主・野田氏
 民主党野田佳彦国対委員長は、首相の靖国参拝に関して政府に提出した質問主意書で、「『A級戦犯』と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない。戦争犯罪人が合祀(ごうし)されていることを理由に首相の靖国神社参拝に反対する論理はすでに破綻(はたん)している」と主張した。A級戦犯合祀を理由に、首相の靖国参拝を批判する前原誠司代表らと一線を画し、波紋を呼びそうだ。
 野田氏は「サンフランシスコ講和条約と四回に及ぶ(戦犯釈放を求める)国会決議と関係諸国の対応によって、A級・B級・C級すべての『戦犯』の名誉は法的に回復されている」と指摘。その上で「社会的誤解を放置すれば、『A級戦犯』の人権侵害であると同時に、首相の靖国参拝に対する合理的な判断を妨げる。『A級戦犯』に対する認識を再確認することは、人権と国家の名誉を守るために緊急を要する」と訴えている。
 また、講和条約一一条の和訳をめぐり、「外務省訳の『裁判』は『判決』の間違い」との指摘があるにもかかわらず、政府が「東京裁判などの『裁判』を受諾した」としている問題に言及。「裁判を受諾した場合は、日本は『南京大虐殺二十数万』や『日本のソ連侵略』などの虚構も含め、満州事変以来一貫して侵略戦争を行っていたという(裁判の)解釈を受け入れたことになる」と批判した。
 【野田氏の質問主意書要旨】
 民主党野田佳彦国対委員長質問主意書の要旨は次の通り。
 「A級戦犯」と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない。戦争犯罪人が合祀されていることを理由に首相の靖国参拝に反対する論理はすでに破綻している。「A級戦犯」に対する認識を再確認することは、人権と国家の名誉を守るために、緊急を要する。
 「A級戦犯」として有罪判決を受け禁固七年とされた重光葵は釈放後、鳩山内閣の副総理・外相となり、勲一等を授与された。同じく終身刑とされた賀屋興宣は池田内閣の法相を務めている。これらの事実は「戦犯」の名誉が国内的にも回復されているからこそ生じたと判断できる。
 重光、賀屋らの名誉が回復されているとすれば、同じ「A級戦犯」として死刑判決を受け絞首刑になった東条英機以下七人、終身刑ならびに禁固刑とされ、服役中に獄中で死亡した五人、判決前に病のため死亡した二人もまた名誉を回復しているはずである。
 「A級戦犯」とは、極東国際軍事裁判当局が事後的に考えた戦争犯罪の分類であり、法の不遡及(そきゅう)、罪刑法定主義が保証されず、法学的な根拠を持たないと解釈できる。

 さて、不思議なことに、この記事では野田議員の質問主意書は取り上げているものの、答弁書については触れられていません。質問主意書答弁書の両方については、野田議員のHPに掲示されています。

http://www.nodayoshi.gr.jp/report/inpage/news_04.html

 産経抄では「野田氏はすでに国会決議などで、「戦犯」の名誉は回復されていると主張する。政府から国内法上は戦犯は存在しないとの答弁書を引き出した功績は大きい。」と述べられていますが、答弁書では以下のようになっています。

 お尋ねの「名誉」及び「回復」の内容が必ずしも明らかではなく、一概にお答えすることは困難である。
 お尋ねの重光葵氏は、平和条約発効以前である昭和二十五年三月七日、連合国最高司令官総司令部によって恩典として設けられた仮出所制度により、同年十一月二十一日に仮出所した。この仮出所制度については、日本において服役するすべての戦争犯罪人を対象として、拘置所におけるすべての規則を忠実に遵守しつつ一定の期間以上服役した戦争犯罪人に付与されていたものである。
 また、お尋ねの賀屋興宜氏は、平和条約第十一条による刑の執行及び赦免等に関する法律により、昭和三十年九月十七日、仮出所し、昭和三十三年四月七日、刑の軽減の処分を受けた。この法律に基づく仮出所制度については、平和条約第十一条による極東国際軍事裁判所及びその他の連合国戦争犯罪法廷が科した刑の執行を受けている者を対象として、刑務所の規則を遵守しつつ一定の期間以上服役した者に実施していたものであり、また、この法律に基づく刑の軽減については、刑の執行からの開放を意味するものである。
 お尋ねの死刑判決を受け絞首刑となった七名、終身禁錮刑及び有期禁錮刑とされ服役中に死亡した五名並びに判決前に病没した二名については、右のいずれの制度の手続きもとられていない。
 そして、重光葵氏及び賀屋興宜氏については、昭和二十七年四月二十八日、平和条約の発効及び公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令等の廃止に関する法律(昭和二十七年法律第九十四号)の施行により、選挙権、被選挙権などの公民権が回復され、その後、衆議院議員に当選し、国務大臣に任命されたものである。また、重光葵氏については、昭和三十二年一月二十六日の死去に際し、外交の重要問題の解決に当たった等の功績に対して、勲一等旭日桐花大綬章が死亡叙勲として授与されたものである。

 
 以前私は、野良猫さんとの議論において、A級戦犯は名誉回復されていないということについて、以下のように述べたことがあります。

http://d.hatena.ne.jp/jimusiosaka/20050725

 では、まず「名誉回復」の意味するところについて、事例を挙げて考えてみます。例えば、いわゆる冤罪事件の場合、再審によって無罪判決が下されれば、以前の有罪判決は取り消されるので、これは「名誉回復がなされた」と言えるでしょう。しかし、例えば選挙違反で刑に服している人物が、恩赦によって釈放された場合、これを「名誉回復がなされた」と言えるのでしょうか?これは、とてもそうは言えないでしょう。
 ここでもう一度、吉岡吉典参院議員(当時)の「質問主意書」と海部首相(当時)の「政府答弁書」の内容を確認しておきます。
質問主意書http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/121/syuh/s121012.htm
質問主意書より引用
「二の4 「赦免」とはどういうことか。赦免によって軍事裁判の判決の効力自体が消滅するのか、それとも残るのか。」
政府答弁書より引用
「二の4について
 平和条約第十一条及び平和条約第十一条による刑の執行及び赦免等に関する法律に規定する「赦免」とは、一般に刑の執行からの解放を意味すると解される。赦免が判決の効力に及ぼす影響について定めた法令等は存在しない。」
これらを読む限り、有罪の判決は取り消されておらず、その効力は持続しており、「名誉回復がなされた」と考えるのは無理だと思われます。
さらにA級戦犯の場合、「赦免」された人物はおらず、政府答弁書では「昭和三十三年四月七日付けで、同日までにそれぞれ服役した期間を刑期とする刑に減刑された」となっています。つまり、その時点で刑期を終えた、ということですね。さて、刑期を終えることによって「名誉回復がなされた」と言えるのでしょうか?これは、さらに無理なことでしょう。例えば、殺人犯が有罪判決を受けて投獄されたとして、刑期を終えて出所すれば「名誉回復がなされた」ことになるのでしょうか?そんな無茶な話はないでしょう。
(中略)
また、A級戦犯として刑死した7人が「公務死」扱いとなったのは、日本が独立を回復したことによる法的な取扱いの変化によるものです。日本が連合国による国際的な占領下にあった時は、国際法=日本の国内法であったので、戦犯とされた人々は国内法上の受刑者だったわけですが、日本が独立を回復した後は、国際法で裁かれた戦犯を国内法上の受刑者とは見なせなくなった、ということです。だから、有罪判決が取り消された、ということではありません。

 今回の事例に関しては、小泉首相答弁書を読む限り、私の意見を変える必要はなさそうです。それにしても、自説に都合の良い部分だけをつまみ食いする産経新聞の報道のあり方には、疑問を感じざるを得ません。